「顔が見える」と、その街の人たちは言った|葛飾区の協働と2040年の地域医療

葛飾区役所の取材に参加した橋本絵美さん、今関政治さん、土屋文彦さん、吉永郁哉さん、藤井明美さんの集合写真

取材・執筆:香西杏子

医療の進歩により、病気や怪我を抱えながらも地域で暮らし続けられる時代になりました。高度な医療がつないだ命を退院後の暮らしで支えるには、医療機関と地域社会の連携が欠かせません。

その連携を支える力として、「下町の人情」が果たす役割があるのではないか。こうした思いで2026年9月、下町の暮らしが息づく東京都葛飾区を訪問しました。

葛飾区役所の皆様から伺った協働の実践を通じて、2040年に向けた支える力のある地域づくりのヒントを紹介します。

Agenda

お話を伺った方々

今関 政治さん
(葛飾区 政策経営部 政策企画課長/SDGs推進担当課長)

葛飾区政策企画課長の今関政治さん

葛飾区基本構想の令和3年改定における担当課長を務め、現在は基本計画の予算化に向けた調整と、次期基本計画を見据えた政策調査を担当。

橋本 絵美さん
(葛飾区 政策経営部 協働推進担当課長/健康推進都市担当課長)

葛飾区協働推進担当課長の橋本絵美さん

区民の協働意識を高め、協働の広がりを図る部署の責任者。事例集『CONNECT』の発行やSNS発信といった情報発信や、健康ポイント事業「モンチャレ(かつしかActiveチャレンジ)」を所管。

藤井 明美さん
(葛飾区 地域振興部 地域振興課長)

葛飾区地域振興課長の藤井明美さん

自治町会を中心とした地域活動団体の支援を担当。令和7年度からは、職員が町会に入り込む伴走型支援を開始。

土屋 文彦さん
(葛飾区 健康部次長/地域保健課長事務取扱)

葛飾区健康部次長の土屋文彦さん

健康実現プランの策定、健康部内の調整、医師会・歯科医師会・薬剤師会との調整を担当。三師会との合同訓練やコロナ禍の大規模接種など平時の関係づくりを有事に活かす実践を重ねる。

吉永 郁哉さん
(葛飾区 福祉部 福祉管理課長)

葛飾区福祉管理課長の吉永郁哉さん

福祉部の取りまとめ役として、高齢者保健福祉計画、社会福祉法人・特別養護老人ホームへの補助、民生委員・児童委員のサポートを担当。

人口減少を見据え、「協働」を基本構想の柱に

最初に口を開いたのは今関さんでした。手元の葛飾区基本構想を開き将来人口の推計を示します。

葛飾区の人口は、いまはまだ伸びています。ただ、日本全体で進む少子高齢化の中、いずれこの街も人は減っていくことが予想されます。

今関さんは「そういう前提で議論を始めました」と、約30年ぶりに基本構想を全面改定した当時を振り返ります。

「行政だけが頑張る、民間だけが頑張るというだけでは、まちづくりが立ち行かなくなります」

それから今関さんは少し言葉を選びました。誰かが誰かの負担を肩代わりするという話ではない、としてこう続けました。

「皆さんが自分の得意とすることを頑張っていくことが、ひいては誰かのためになる。その思いを束ねていきたいと、基本構想はそのような思いで改定されていきました」

このようにして生まれた基本構想の理念は3つです。

  1. 人権・平和・多様性の尊重
  2. 持続的な発展
  3. 協働によるまちづくり

葛飾区が中でも大切にしてきたキーワードは「協働」でした。長いあいだ、23区のなかで下位と見られることも、葛飾区にはあったと今関さんは話し、「だからこそ」と続けます。

「葛飾って素晴らしいよね、と区民自身が思えること。そこから先が始まるのに大事な言葉が協働でもあると思っています」

協働を見える化する事例集「CONNECT」

橋本さんの名刺には、オレンジ色のキャラクターと「モンチャレ」という健康ポイント事業の名前が刷られていました。肩書は二つ。協働推進担当課長と、健康推進都市担当課長です。

協働を進めるという掛け声だけでは物事は動きません。

橋本さんの役割は、まず区民が自分の街で何が起きているかを知ること。そのために協働に関する事例を可視化して発信しています。

これまでは年に一度、いろいろな分野の事例をまとめて冊子にしていました。評価もいただいていましたが、子育ても防災も地域活動も一冊になっていて、読み手には届きにくかったと橋本さんは振り返ります。

そのため2026年度から、インタビュー形式で深掘りし、1テーマ1冊でまとめる冊子「CONNECT」にリニューアルしました。

直近の号では社会福祉協議会が開いた講座を取材。助産師が、避難所で乳幼児を連れた人にどう関わるか。区の職員ではない専門職と、社会福祉協議会と、区の三者が組んでいる姿が、そのまま誌面になっています。

冊子は区民事務所や図書館に置かれます。さらにはデータを団体側にも渡し、広報に活用していただきます。団体が自分たちのPRに使えるように、との橋本さんと同部署の思いで実現しています。

「区が入らなくても、様々な方たちが地域を良くするために行動してくださる。それがすべて協働だと、常々私たちはお話ししています(橋本さん)」

233の自治町会が支える地域の日常

葛飾区には233の自治町会があり、加入率は50%を超えています。23区のなかでも高い数字で、「どうやって維持しているのか」と他区から尋ねられることも多いと、藤井さんは話します。

藤井さんは続けて、自治町会は地域の土台だと表しました。防犯防災、子どもや高齢者の見守り、清掃活動。こうした町会の日頃の活動が、有事を支えることにもなると言います。

高齢単身世帯が増えていくなか、行政がすべてを覆うのではなく、町会に地域のつながりのリーダーシップをとってもらう仕組みです。外国籍の住民との交流も、町会が行政より動き始めている部分もあり、防災訓練を交流の場にするなどの取り組みがなされています。

令和7年度からは、職員が町会の活動に入り込む伴走型の支援を始めました。

「補助金の使い方の助言や、他の自治体の相談窓口の紹介。会計処理を鉛筆と電卓から切り替えるための備品支援まで行っています。新しい取り組みなので、職員と町会が一緒に試行錯誤しています(藤井さん)」

下町のつながりが残る葛飾区でも町会への加入世帯は減少しています。一人暮らしや共働きが増えたことが一因です。また、イベントの参加者は多くても、運営側に回る方がなかなかいらっしゃらないことも課題です。

「運営のバトンをつないでいくことが大切です」と藤井さんは穏やかな笑顔で話します。

三師会の訓練が育む「顔の見える関係」

土屋さんの所轄は保健所。思いは「健康づくりは、身体だけではない」というものです。

例えば保健所の健康部では食品の許可も予防接種もがん検診も行います。どの自治体も担う業務です。

ただ、土屋さんはそれだけにとどまらず、例えば外に出ること、人と人をつなぐことが大切だ、孤立の予防でもある、と考えます。

街へ出るきっかけをつくる「モンチャレ」

健康部に政策経営部が加わり、橋本さんが健康推進都市担当課長を兼ねて始まったのが、イベント参加でポイントが貯まる「モンチャレ(かつしかActiveチャレンジ)」です。

葛飾区民約47万人に対し現在約3万5千人が登録しています。対象は18歳以上で世代を絞っていません。

健康という言葉に身構えてしまう人こそ入りやすいように、と設計されたのだと橋本さんが補足してくださいました。シニア活動支援センターへの出張相談会もあり、お孫さんと一緒にと張り切る80代の登録者もいるそうです。

平時の訓練が有事を支える

保健所の活動としてもうひとつ、医師会・歯科医師会・薬剤師会からなる三師会の連携や活動も紹介いただきました。災害に備えた医療救護訓練や傷病者を選別するトリアージ訓練といった様々な訓練を通じ、日頃から育まれた関係性が有事に活きているとのこと。

「コロナ禍で大規模接種が行われたときのことです。総合スポーツセンターを借り、地域のバス会社が臨時便を出し、施設内で接種後はタクシーで搬送という三師会と民間企業と連携するから可能になった取り組みでした。日頃の感染症対策のなかで生まれた関係が、そのまま土台になったからこそ実現できたと思います(土屋さん)」

相談を受け止め、つないだ後も見届ける

吉永さんの所轄である福祉部には「暮らしの丸ごと相談課」があります。

例えば病気のある本人の困りごとに、家族の事情が重なるとどこに相談すればいいか分からなくなる。こうした複合的な課題をまず丸ごと受け止める窓口です。

特徴は受け止めるだけ、つなぐだけで終わりにしないこと。その後の状況を確認し、完結するまで見届けると吉永さんは説明します。

当然ながら一つの課では抱えきれない課題も少なくなく、課を横断した個別の支援も併走させます。

吉永さんは、「民生委員の充足率は約9割。町会からの推薦で、地域をよく知る方が就いてくださっています」と例に挙げ、町会が活発であることが民生委員の充足率につながっていると説明します。

このように「丸ごと相談課」は横断的な課同士の連携に役立っています。「職員は預かった仕事はしっかりやりますが、うちの所管だろうかと思うと互いに遠慮が生まれます。一旦受け止めて、つないで、見届ける仕組みとして丸ごと相談課を使っていただいています(吉永さん)」

2040年に向け、協働をどうつなぐか

協働の広がりが自走していく未来を描く橋本さん

橋本さんは、小学生・中学生から高齢者まで、幅広い年代のかたと協働の「輪」を広げていきたいと話します。

「区が入らなくても、ひとつの取り組みが次の取り組みにつながって、葛飾を誇る気持ちが深まっていく。そういう循環をつくりたいと思っています」

町会の担い手を育む藤井さん

藤井さんが取り組むのは、人と人が支え合う地域づくりに向けた町会の担い手、バトンの受け渡しです。

「補助金で外部にイベント運営を委託できるようにしたり、会計処理をパソコンに切り替えたりするなどサポートしながら、運営する方の負担を軽くして、共働きの世帯でも関われる環境をつくっていきたいです」

福祉の需要ピークを連携で迎える吉永さん

吉永さんは「要介護の方は今後いったん増えます」と話します。

「サービスや施設を増やす話になりがちですが、いずれ需要はピークアウトするので運営する法人が負担を抱えてしまう。また、施設一つ設ければ相当数の職員が必要になり、区域内で人材の取り合いも起きます(吉永さん)」

だから重要なのは連携、やはり協働ですと吉永さんは言い、医療と介護・福祉の連携を健康部と一緒に進めていきたい、と展望を話してくださいました。

健康・人と人のつながりを展望する土屋さん

「病気にならない社会というだけではなく、病気や障害があっても、子どもでも高齢者でも、その人らしく地域で暮らし続けられる社会が大切だと思っています。制度やサービスよりも、最後は人と人のつながりです」

葛飾区役所で取材した5人の集合写真。左から橋本絵美さん、今関政治さん、土屋文彦さん、吉永郁哉さん、藤井明美さん
取材を終えて、葛飾区役所の窓辺で。左から橋本絵美さん、今関政治さん、土屋文彦さん、吉永郁哉さん、藤井明美さん。

命を支える、街の関係性

取材のあいだ、部署をまたいだ言及が何度もありました。健康部の話に福祉部が重なり、地域振興の話に協働推進が重なる。話していない人の仕事を、その場にいる人が自然に補う。

制度が隙間をつくる場所を、関係が埋めている。そう言ってしまえば簡単ですが、その関係は誰かが毎年やぐらを組み、誰かが推薦状を書き、誰かが休日に訓練へ出ることで保たれています。

医療を要するひとの日常は、医療・福祉・教育・地域のどれか一つでは支えきれません。葛飾区の取り組みが日常にどう届くのか。救われた命が帰っていく場所をどうつくるのか。その答えの一端は、区の人たちが重ねてきた「協働」のなかにありました。

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