AHC(academy of home care)オープン講座『「お盆だよ!やまとでマルモ!おうちでマルモ!」』。講座の概要と得られた学びについて、研修医・医師ライターの千手 孝太郎が紹介します。
AHCオープン講座とは
AHCオープン講座はTRONとTEAM BLUEが共催する、在宅医療の「質」について考え気づきを得ていく場で、毎月第2火曜の夜に開催されます。
本記事は2024年8月13日に開催された第2回「お盆だよ!やまとでマルモ!おうちでマルモ!」のレポートです。
第2回の概要
第2回は2部構成で開催。
第1部では、多疾患併存(マルチモビディティ)、通称”マルモ”とは一体何か、そしてマルモへの診療のポイントの基本を南砺市民病院 内科副部長の大浦誠先生がコンパクトに解説されました。
第2部では、第一部に引き続き大浦医師によるファシリテーションのもと、実際の在宅診療の一例を、やまと診療所 診療責任者の水落紀世子医師が症例提示しながら、多職種の参加者とともにマルモカンファレンスを行いました。
場所 zoomによるオンライン開催
対象 在宅医療に関わる、もしくは今後関わりたいと考えている全ての医療関係職種
第一部 大浦医師講演 「マルモのきほん」
マルチモビディティ(多疾患併存)とは
マルチモビディティ 通称”マルモ”とは、2つ以上の慢性疾患が同時に存在する状態を指します。似た概念にコモビディティ(併存症)がありますが、これは主となる疾患に関連して他の疾患が併存する場合を指しています。
例えば、2型糖尿病が背景にある時、糖尿病に伴う網膜症などのベースの疾患に関連する多臓器疾患の場合はコモビディティと言えます。しかし、実際の患者さんはそう簡単にはいきません。多くの高齢者が慢性心不全や骨粗鬆症、認知症など様々な分野の疾患を抱え、そのうちの一つとして2型糖尿病があったりするわけです。この「複数の主たる慢性疾患を有する状態」をマルチモビディティと呼んでいます。
大浦先生にわかりやすく図示していただいたのが、このグラフです。
年齢を重ねることで、付き合っていく疾患の個数が増えるだけではなく、最も影響される、つまり中心に置かれる疾患や生活で重要視されるものも大きく変化するため、その人の人生そのもの自体が、この絡み合う疾患によって変わってしまうことがわかります。マルモは家族ライフバランスや心理社会面の変化に大きく関わってくると言えるでしょう。
日本では、65歳以上の約60割がマルチモビディティ状態にあると言われており、私自身診療を行う中でほとんどの高齢者が「マルモだな」とこの数字以上に感じます。このような「マルモの患者さん」を診療する際、どうしても複数のガイドラインを横断的にみていく必要がありますが、必ずしも患者の全てのケースに対応できるとは言えず、社会的要因や心理的問題が加わると診療がさらに困難になっていきます。
この様々なケースへの対応を強いられるマルモ診療に対して、大浦先生は診療のポイントを大きく3つ紹介されました。
マルモ診療のポイント
- 疾患パターンでシンプルに考える(プロブレムリスト)
- 治療負担を減らして生活力を高める(バランスモデル)
- 引き算掛け算的発想をする(四則演算)
まずは、複雑に絡み合った患者さんの問題を疾患パターンで区分します。
心血管/腎/代謝パターン: 高血圧、糖尿病、脂質異常症、心臓病、腎臓病など。
神経/精神科疾患パターン: 精神障害や神経疾患。
骨格/関節/消化器パターン: 関節炎、腰椎疾患、消化器疾患など。
呼吸器/皮膚パターン: 慢性呼吸器疾患や皮膚疾患。
悪性/消化器/泌尿器パターン: 悪性疾患、消化器疾患、泌尿器疾患。
疾患に加え、ポリファーマシーの問題や社会的問題を挙げ、6〜7行で視認性を高めることで、複雑な問題をパターン化しわかりやすくする狙いがあります。しかし、せっかくまとめたプロブレムに対して医療的介入を行おうとしても実際には行えないケースもあるでしょう。
そこで、患者のできること(capability)を増やし、治療負担(treatment burden)を減らすことで、全体のバランスを保つことを目指します。
いざ介入するとなると、挙がっている疾患や問題を「割り算」で分割して整理し、可能な介入方法を「足し算」で増やし、再度検討することで余計な介入を「引き算」し、最後に介入方法の統合できるか「掛け算」を行っていくことで、効率的で負担の少ない治療方針を構築することができるわけです。
このポイントをまとめ、図示したものが以下のトライアングルです。
実際にこの講演後、自分の診療に活かしてみました。
まず端的にカルテに書き起こせる点が素晴らしいと思いました。カルテに書き起こすことで、医師以外の様々な多職種が確認でき、同じような患者像をイメージしやすくなります。多職種で共有するとバランスや四則演算をより良い形に書き換えるための見方が増え、多面的な視点で問題をブラッシュアップできると実感できました。
また、バランスを整える上で、患者さんにとっての治療負担は思っているように多いと実感しました。良くしようとするとどうしても情報が多くなってしまったりと、医者中心になりがちであったことが再確認され、患者さんのできうる範囲での調整を意識するだけでより端的になり、患者さんにもわかりやすいといってもらえる機会が増えたように思います。
マルモ診療に関して、詳細は2021/11/08 週刊医学界新聞第3444号に投稿されています。症例をみながら学びたい方はこちらを確認されると良いかもしれません。
第二部 「在宅医療の症例から実践! マルモカンファレンス」
第一部で学んだマルモ診療を、実際の在宅症例を用いて実践していく第二部。ファシリテーターの大浦先生は「勉強になりました、なんて感想はいりません。まずは楽しんでください。」と場を和ませてくださいます。この一言だけでも心理的安全性が確保された場所であることが感じられました。
マルモカンファレンスに参加して
マルモカンファレンスのグランドルールは、結論を出そうとしないこと、中学生でもわかる言葉で説明すること、そして患者さんの姿をより鮮明にイメージできるように想像力を掻き立てることです。私自身、その家族と同じ空間を共有していることを心がけ、想像を膨らませながら参加しました。
与えられた情報はこれだけ。
ここから患者さんのイメージを膨らませるために、本人や家族の情報や想いを多職種で共有し、質問を通じて深く掘り下げていきます。
職業から当人の性格を紐解いたり、どんな状況で喜怒哀楽が起こるかといった感情に焦点を当てた質問からキャラクターが理解できたりと、質問一つでこんなにもありありと見えてくるものなのかと感銘を受けるとともに、もっとこの患者さん、そして患者家族や取り巻く人たちのことを知りたいと自然に思うようになっていました。
妄想でも全く問題なし!むしろ大歓迎
参加者からは、与えられた情報に基づいて患者さんの性格や状況を自分で想像し、状況を作り出している発言もありました。
医学の分野では、事実に基づくことが重要とされ、勝手な想像は避けるべきとされていますが、マルモカンファレンスにおいてはこの「想像力」が重要な役割を果たします。たとえその想像が事実と異なっていても、それが新たな視点や質問の糸口となり、より深い理解につながることがあるのです。
解像度の高い想像力を持つことは、状況を鮮明に理解し、相手への興味が広げられるため、患者さんとの接し方にも大きな変化を生むのだろうと感じました。
また、医療職、特に医者は、問題解決や正しさにこだわりがちだと痛感しました。例えば、患者さんがどこで過ごしたいのか、食事が取れないときに胃瘻を推奨すべきかなど、現状に応じて「良いと思う方」を薦める傾向があります。しかし、患者さんがどのような人生を送りたいかを支えるためには、必ずしも問題解決にこだわる必要はない場合もあります。死に際と余命のギャップをどう捉えるかという点でも、医療者はそれを良くないと考えがちですが、そのギャップを受け入れることで、患者さんらしい人生を支えることができる場面も出てくるのだと思います。
今回は、多職種の参加者の鋭い視点に加え、水落医師が患者本人から深く掘り下げた情報を引き出していたこと、そして大浦先生が心理的安全性に配慮しつつ、参加者が自由に話せる場を整えたことが相まって、生き生きとしたマルモカンファレンスが実現しました。それぞれの役割が見事に噛み合ったからこそ、患者さんの暮らしが鮮明に見えてきたのではないでしょうか。
まとめ
効率的で負担の少ない治療方針をマルモ診療のステップで構築しながら、患者さんの理解に関しては、問題解決を急がず時に遠回りすることも重要であると実感しました。また、「わかった気でいる」という思い込みを避けるためにも想像力を活用し、多職種の様々なレンズから見た視点にも重きを置きながら、患者さんらしい人生を支えるための柔軟な姿勢が必要なのだと再認識したセミナーでした。
次回予告
2024/11/29(火) 18:30-20:30
『ープライマリケアの新たな地平を拓くー 小林 正宜 と 石川 元直 の
「本気」の2時間』
臨床における「問いの力」を育むオープン講座。
第5回(11月29日金曜)は、広範な臨床業務に加え、教育や研究など多様な領域を極めるお二人をお迎えしての講演・対談です。
地域医療の「つながる力」の大切さ、開業医の経営課題から教育の本音まで、タブーなしになんでも話します。
*第一部 講演18:30~19:15
*第二部 対談19:15~19:45
*第三部 質問大会19:55~20:30
【こんな方におすすめ】
・総合診療や在宅医療に関心があるけど専門性がないから悩む
・キャリア形成やライフプランに不安がある
・なんか最近疲れてるから元気がほしい
終了後には懇親会を開催します!肉の日なので、一緒にお肉を食べましょう。
みなさまぜひご参加ください!
※オープン講座の参加は無料/懇親会は実費5000円程度
※今回はハイブリッド開催。オンライン参加、会場参加、ご都合よい方でぜひお気軽にご参加ください。
⇩お申し込みはこちら⇩
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeupxBMPH7YulFaKMEXe4lYO2kJ4KI489S9h2_nO3blPq4wiA/viewform?fbclid=IwY2xjawF63QdleHRuA2FlbQIxMAABHWUW8LiNjrNJVKtasmbtQR6P6ik_crZsZHYiuePi1G6qZqpYkzPzlkp0jQ_aem_Z4A8PEfub9OuPRXt6lESLA
みなさまからのお申込み、心よりお待ちしております。
詳細は以下のポスターより確認してください。

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