AHC(academy of home care)オープン講座『「問いの力」につながる在宅医療セミナー』。講座の概要と得られた学びについて、研修医・医師ライターの千手 孝太郎が紹介します。
AHCオープン講座とは
AHCオープン講座はTRONとTEAM BLUEが共催する、在宅医療の「質」について考え気づきを得ていく場で、毎月第2火曜の夜に開催されます。
本記事は2024年9月10日に開催された第3回「先輩医師のポートフォリオー自分のキャリアは自分で創るー」のレポートです。
第3回の概要
第3回は2部構成で開催。
第1部では、様々なキャリアを辿ってきた石川元直医師と湊しおり医師の両医師が、自身のキャリアから考えるキャリアプランについて講演していただきました。
第2部では、ブレイクアウトルームに分かれ、フェローのファシリテーションのもと、感想や課題の共有を行いながら両医師へ質問を考え、答えていただきました。
場所
ハイブリット開催(現地:おうちにかえろう。病院/zoom)
対象
- 在宅医療に関わる、もしくは今後関わりたいと考えている医師、医療関係者
AHC Facebookページ https://www.facebook.com/profile.php?id=61564318499154
TRON Facebookページ
https://www.facebook.com/profile.php?id=61564623003921
第1部 「症例 石川医師」
「自分ひとりでは何もできないかもしれないけれど、志を同じくした仲間となら世の中を変える一歩を踏み出せるかもしれない、と考えるに至った大学病院勤務医の物語」
石川先生は市中病院での勤務ののち大学病院で14年間勤務されましたが、大学での研究、臨床、教育が分断されている現実に疑問を抱いており、3領域を横断的に注力していました。研究では、医療人類学、臨床、教育においては総合診療の重要性を説きながら、未曾有の事態であったコロナ禍にも立ち向かわれていたといいます。
「何をしている時が最も幸せですか?」
石川先生の医療人類学研究の中でも、ラダックでのフィールドワークは特に重要な経験だったといい、そこでの経験を伺って、私は日本の医療現場について振り返るきっかけになりました。
ラダックはインド北部のチベット文化圏に属しており、そこに住む遊牧民たちは、電気や水道がない過酷な環境で生活する中でも精神的に豊かな生活を送っていることから、幸福と精神的健康の関係に注目し、研究を進めました。
石川先生は、ラダックの人々が「何をしている時が最も幸せですか?」という問いに「お祈りしている時」と答える姿、そしてお祈りの内容の多くが、「世界平和」であったことに深く感銘を受けたと言います。また、 困ってる人がいれば、もう見ず知らずの人でも見返りを求めずにすっと手を差し伸べる民族性にも触れ、見知らぬ人でも見返りを求めずに助ける文化が根強く、こうした社会的な絆がうつ病の抑止力となっていることを調査で明らかにし、論文として発表されました。
日本では少子高齢化が進み、高齢独居の患者さんが多くなっています。医療者として働く中で、古き良き日本の”おたがいさま”の精神は限りなく薄れて来ているように思います。家族でさえも自分の生活とは関係ないからと身内を切り捨てるケースも少なくありません。
物質的には豊かになった日本ですが、精神的な豊かさが失われつつある現状に危機感を覚え、医療者としてだけでなく人間としても、他者を思いやる姿勢、そしてケアしていく環境を整えていく配慮を持つべきだと再確認できました。
コロナ禍での挑戦
石川先生は研究だけではなく、臨床現場においても活躍され、2020年のコロナ禍で感染制御部の責任者として最前線で活動し、発熱外来の開設やコロナ病床の設置を通じて、現場での迅速な対応を実践しました。患者さんのためにと一心に奔走した当時でしたが、クラスター発生時には医療従事者やその家族が差別を受ける現実に直面したといいます
医療スタッフが戦場のような状況で仕事に追われ、泣きながら防護服を着る看護師たちから「私たちは捨て駒ですか?」と涙ながらに訴えられたと述べており、社会全体で団結して医療現場を支えるべき時に、逆に孤立させてしまったという現実に衝撃を受けました。
医療者として働く中での苦悩や無力感に共感するとともに、社会全体の意識改革の必要性を考えさせられました。意識をより抜本的に変えていくために臨床現場に立ち続ける必要があり、そしてその考えを浸透させていくためにも教育が重要になってくるのでしょう。教育の重要性を説いている石川先生の信念の軸が感じられたようにも思います。
最後に、横断的なキャリアを歩まれてきた、唯一無二のキャリアをもつ石川先生から、
「ロールモデルがいなくても、未来を描けなくてもいい」「回り道も強みになる」
という力強いメッセージをいただきました。
キャリアを計画通りに進めることだけが成功ではなく、さまざまな経験が自分の財産になると説いており、その経験を得るために、仕事を人生の一部と捉え、そこから成長し自己実現を図る「Work as life」の考え方を提唱されていました。
「仲間と一緒に同じ夢を見て、みんなと同じ夢を応援して、より良い社会を作りたいって思いながら働けてるっていう今の環境は幸せだ。」
という石川先生の言葉からは、幸せについて考え抜き、誰よりも社会のために心を燃やしてきた人でしか語れない重みと情熱が感じられたように思います
第1部 「症例 湊医師」
「一番大事なのは、責任転嫁できない選択を繰り返して、自分を否定せずにただただ向き合うことなんだと気付いた40歳女医の問わず語り」
医師としてのキャリアやプライベートな経験を通じて、他人の期待や社会の常識に縛られず、自分自身の幸せを追求することが重要だと強く訴える湊先生。
幸せになるための手順として挙げられた「生きやすい環境を整える」「自分マーケティング」「生業としての医者」「発信活動に手を出す」というキーフレーズからは、石川先生とはまた少し違う、湊先生らしさの光る考え方だと感じました。
生きやすい環境を整える
湊先生が最初に強調したのは、「生きやすい環境を整える」ことです。中学時代に不登校を経験し、その後も医師としてのキャリアを歩む中で「何をやってもうまくいかない」と感じ続けていた彼女は、社会や他人の期待に応えようとし続けて、自己否定に陥りそうになったことが何度もあったと述べています。しかし、彼女はその過程で、自分自身を大切にするためには、自分が生きやすい環境を作り出すことが何よりも重要だと気づいたといいます。
女性医師にとって、まだまだ現実的に難しい問題が山積しています。無理をして社会の期待に応えようとするのではなく、自分の人生を楽に、心地よく生きるための環境を整えることが、自分を大切にする第一歩だと語りました。
自分マーケティング
次に湊先生は「自分マーケティング」の重要性を伝えました。自分マーケティングとは、自分自身の強みや特性を理解し、それをどのように他者に価値として提供できるかを戦略的に考えることです。彼女は、整形外科や内科、産婦人科など、多岐にわたる診療科を経験してきましたが、その選択は常に「自分が最も活躍できる場所」を見極めるためのものだったと述べています。
また、「人と違うことをしているから優れているわけではない」と訴えました。
私自身、今まで様々なキャリア講演を拝聴する中で、「特異性が優れているわけではない」と伝える先生は少なく驚きました。他者との比較に意味を見出さず、自分のペースでキャリアを築いていくことが重要だと改めて考えることができたように思います。自分を大切にしつつ、自分の強みを理解し、それを他者にどう伝えるかが、医師として長くキャリアを続けるために重要だというのが湊先生のメッセージだと受け取りました。
生業としての医者
「生業としての医者」という視点も、自分を大切にする上で重要な考え方です。湊先生は、医師という仕事に対して情熱や使命感を持つことは素晴らしいとしながらも、医師という仕事はあくまで「生業」であり、自分の人生のすべてを捧げるべきものではないと強調します。彼女は、仕事が辛くなる時や困難に直面した時には、医師はあくまで生活を支える手段であり、自分の幸せを優先すべきだという考え方に立ち返るべきだと語ります。何か挫けそうなことがあった時、このように生業としての医師と割り切ると少し楽になるのではないかと感じ、肩の荷が降りたようにも思います。
発信活動に手を出す
湊先生は、「発信活動に手を出す」ことも自分を大切にするための大切なステップであると述べています。自身の経験や考えを発信することで、自分自身をさらに理解し、他者との繋がりを築くことができると考える先生は「マイナビレジデント」でコラムを執筆し、キャリアや家庭との両立について率直に語るなどの活動をされています。
湊先生は、発信は他者に情報を共有するだけでなく、自分自身を見つめ直し、自分を大切にするための手段であるといいます。「自分の経験を発信し続けることで、他者との共感や繋がりが生まれ、それが自分自身の成長にも繋がる」といい、自己肯定感やキャリアに対する自信を深めることができ、自分を大切にする道筋として非常に有効だと語られました。
理念をもち、自分に正直に、「戦略」をもって考える湊先生。
生きやすい環境を整え、自分の強みを理解し、仕事を生活の手段として捉えることで、無理なく自分を大切にする。この手順はキャリアに迷ったときに振り返るべきバイブルであり、希望を与えてくれるものだと確信しました。
第2部
第2部では、ブレイクアウトルームに分かれ、大山利栄先生、村上武志先生、千手の3人がフェローを務めました。フェローのファシリテーションのもと、感想や課題の共有を行いながら両医師へ質問を考え、答えていただくというキャリア探求の時間でした。
両医師ともに、コロナ禍や震災など、未曾有の出来事がキャリア転換のきっかけの一つになっていました。その中で質問として、「医療の変化の中でどのように自分を見失わずに働くか」についての質問があがりました。
まず、石川先生は「信頼できる組織に身を置くこと」が大切だと述べます。チームの中で働きたいという石川先生は、組織や仲間への信頼が失われた時点で、チームの力は失われてしまうと考えており、信頼できる仲間と一緒にいることが、自分がブレずに働くために重要だと強調しました。
一方で、湊先生は、自分を嫌いにならないこと、自分を否定せずにいることが大切だと述べます。湊先生にとって、常に自分に向き合い、明日の自分が今日の自分を「ダサい」と思わないようにすることが、彼女の判断基準だといいます。
また、信頼できる組織や人間関係については、「相手を信頼することを決めるのは自分次第」であり、傷つけられても構わないと思える人を選ぶことが大切だと述べました。
チームとして団結し大きな社会課題について立ち向かうために、より生きやすい組織に身を置く石川先生、そして自分を大切に生きていくために、自分に正直になり、そして正直になれうる環境を選ぶ湊先生。
話の切り口は違えど両医師ともに自身が身を置く環境を大切にする姿勢が感じられました。
さらに、両医師の共通点である総合診療科のキャリアについても触れ、石川先生は、総合診療医は症例数や手術件数で評価されるのではなく、患者に寄り添うことに価値があると説明。湊先生も、総合診療医の魅力は分かりにくいが、患者との深い関わりがその面白さであり、キャリアの深みに繋がると述べています。そして、総合診療医が増えない理由について、学生からは「かっこいい総合診療医がいない」という意見が出ており、専門性への重視がまだ大学では根強いと分析されました。
まとめ
今回の講演では、石川元直医師と湊しおり両医師のキャリアの変遷に触れながら、それぞれの想いや届けたいメッセージが多く詰まった、盛り沢山な講演会でした。
キャリアが計画通りに進まなくても、ロールモデルがいなくても、「回り道も強みになる」からこそ、挑戦し続けることの重要性を説いた石川先生。
他人の期待や社会の常識に縛られず、自分自身の幸せを追求することが重要であり、幸せになるために「生きやすい環境を整える」「自分マーケティング」「生業としての医者」「発信活動に手を出す」といった手順を伝えた湊先生。
両医師のメッセージは方向が違うところもありましたが、各々が大切にしていることをしっかりと守り通しており、守り抜くための信念の強さは同じであったように感じます。
私自身、信念を貫ける医師であり続けたいと強く思いました。
次回予告
2024/11/29(火) 18:30-20:30
『ープライマリケアの新たな地平を拓くー 小林 正宜 と 石川 元直 の
「本気」の2時間』
臨床における「問いの力」を育むオープン講座。
第5回(11月29日金曜)は、広範な臨床業務に加え、教育や研究など多様な領域を極めるお二人をお迎えしての講演・対談です。
地域医療の「つながる力」の大切さ、開業医の経営課題から教育の本音まで、タブーなしになんでも話します。
*第一部 講演18:30~19:15
*第二部 対談19:15~19:45
*第三部 質問大会19:55~20:30
【こんな方におすすめ】
・総合診療や在宅医療に関心があるけど専門性がないから悩む
・キャリア形成やライフプランに不安がある
・なんか最近疲れてるから元気がほしい
終了後には懇親会を開催します!肉の日なので、一緒にお肉を食べましょう。
みなさまぜひご参加ください!
※オープン講座の参加は無料/懇親会は実費5000円程度
※今回はハイブリッド開催。オンライン参加、会場参加、ご都合よい方でぜひお気軽にご参加ください。
⇩お申し込みはこちら⇩
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みなさまからのお申込み、心よりお待ちしております。
詳細は以下のポスターより確認してください。

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